小学生の頃、クリスマスケーキを手作りした事がある。
スポンジ生地までは自分で焼いて
そしたら妹や弟が寄ってきて
当時わたしは自分一人でやり遂げたかったけど
生クリームやイチゴ、アラザンなんかのデコレーションを、少し妹や弟にも手伝わせてあげた気がする。母に「やりたがってるじゃない!妹と弟にやらせてあげなさい!」って叱られたから。
冬休みの作文を書かないといけなくて
「ほとんど1人でクリスマスケーキを作ったぞ、えっへん!」的な内容の作文を書いたら、これまた母におこられた。
「兄弟で仲良く協力して作りました♪って書いた方が先生の評価が良くなるのに、どうしてそれがわからないの?」と。
多分あの時のわたしは、褒めて欲しかった。
わたしを褒めて欲しかった。
わたしだけを褒めて欲しかった。
常に姉弟間で比較されてばかりで
たまには「今回はあなたが頑張ったわね」「1人でケーキが作れるようになったのね!さすがお姉ちゃんね!」と言われたかったのだと思う。
あの頃は家の外に友達がいなかった。
失礼ながら「バカとは付き合うな」という親の教育方針で、受験に不要な交友関係を断たれていて、小学校の中でも居心地が悪くて
「協力」「共生」みたいなものを学ぶ機会が家にも学校にもなかった。
それなのに「先生の評価が上がるから、兄弟の仲良しアピールを書きなさい」と言われても、小学生のわたしにはよく分からなかった。
ものすごく、嫌々ながら書き直した。
「兄弟3人でクリスマスケーキを作ったのが冬休み1番の思い出です」と、本当は「1人で出来たよ!」って自分の成長を自慢したかったのに、虚偽の仲良しアピールを書いた。
それで先生の評価が上がろうが上がるまいがわたしにはどうでも良かったけれど。その方が親に怒られなかったから。
皮肉な事に、「褒めてもらえず、目的完遂を邪魔され、文書捏造を強要された」という「上からの圧力」や「理不尽さ」を学んだ事がその冬休みの1番の思い出になったわけだが、母にとってはきっと取るに足らない事。もう覚えてはいないだろう。
当時から父との関係に疲弊していましたが
母も母でこういうジワジワくるボディブローをたまにかましてくる人でした。
まぁ、こういう「先生の評価」ファーストな親は、今もどこにでもいそうですけどね。
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