毒親育ち35年、その後の人生。

親から過剰に束縛される事により歪んでいった、過去の己の闇を見つめ直すべく綴っています。

高校の保健室

高校の頃から摂食障害&自律神経失調症だったのですが、学校をよくサボってはいたけれどやはり出席日数というものもありますので、学校に行った日は保健室でよくサボっていました。

 

進学校で、親もわたしをいい大学に入れたくて。でもわたしは別にやりたい事があって。

 

親は学歴コンプレックスの塊だから、勉強しろ勉強しろと、がんじがらめにしてきて、監視されて。

 

なんだか板挟みで。

 

そしてわたしは躁鬱状態で。

 

病院でわたしがよく語っていたのは

「他人の脳味噌をくっつけられているみたいに、自分の頭が自分のものじゃないみたいで。思考が全く働きません」「でも、たまに、わたし天才なのかな?ってくらいに頭が回る時もあるんです」

 

そうすると、睡眠薬とか精神安定剤が処方されて終わりでした。なんだかなー。

 

 

あの頃は毎日早く死にたくて。時の流れが遅すぎて。鬱々と過ごしていて。記憶があまりない。

 

だけどふと今日、高校時代の同級生から20数年ぶりに連絡があったのです。

「保健室でよく一緒にいた☆☆です!」

「わたしあの頃は暗かったし覚えてないかな?」って、FBに突然メッセージが。

 

彼女にとっても「高校時代は辛い時期」だったらしい。

 

あー。あの頃は自分の事で手一杯で

周りの子たちが何に苦しんでいたかなんて聞いた事がなかったな。☆☆ちゃん、上品な雰囲気の子だったけど、何か辛かったんや。

 

昔はあの進学校の中で、自分だけが親に苦労して自分だけが辛い気がしてた。自分がこの世で1番つらくて不幸なんだと思っていた。

悲劇のヒロイン病?

 

みんな、それぞれの事情をかかえて、それぞれの立場で、それぞれの家庭で戦っていたのにね。

 

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