主人のお友達が旅立ちました。
お子さんも奥様もいらして
お仕事もお持ちの方。
何がお辛かったのか
わたしは知る由もないのですが
自ら命を断つほどの辛さと長年闘ってこられた方に敬意を込めて
「お疲れ様でした。どうぞ安らかに」
そのお話しを聞いた時
小学生以降最近までずっと
「早く死にたい、早く死にたい」と思っていたわたしは、「何だかごめんなさい」という気持ちになりました。
わたしが死にたがっていた原因は
父・家系・家族
自分に自信がない
夢が中々叶わない
自分で自分がわからない
とにかく地球が生きづらい
人と関わって傷つくのに疲れた
人がこわい
…こんなところでしょうか。
自分本位ですし
とても稚拙な思考です。
そんなわたしとは違って社会的な責任があり
家庭があり仕事があり、思春期の子どもがいる。
その状況で死にたいと思うほどの辛い事って?
精神を乱すほどのプレッシャーって?
なんだか本当に、「すみません」という気になります。あなたほど辛くなかったはずなのに、だからわたしはまだ生きているのに、死にたがっててすみません。
どうせわたしも何日かして気分が落ち込んだらまた「死にたい」と思う日もあるのでしょう。
しかし、お友達が亡くなって悲しみに暮れている主人を見ていたら
「わたしが死んだらこの人が可愛そう」
そう思うので、死なない様に
死にたいと、なるべく思わずに済む様に。
なんとか生きねばなりません。
いろんな事がつらいけど
不安だけど
夫の為に
それだけがわたしのモチベーション。