毒親育ち35年、その後の人生。

親から過剰に束縛される事により歪んでいった、過去の己の闇を見つめ直すべく綴っています。

自由って何だろう?

今日は自由や不自由についての考えを9人でシェアし合って来ました。

 

こんばんは。社会学者で発達障害の父親に最近まで振り回されていた、アラフォー主婦のユイカです。

 

シェアとはいっても、主軸は講師のお話しありきで。その講師とは、とてもとても自由に生きている様にいつも誰からも見られているE女史。彼女の考える「自由」について、E女史の脳内をシェアしてもらう会でした。

 

E女史E女史って…イニシャルだけだと読んでてイラつく方がいらっしゃるかしら。

福岡では、知ってる人は知っている。

結婚相談所グレイスクラブ主催の馬場悦子さんの事です。

 

悦子さんや皆さんと話していて

「自由になりたい」と言う人って、とても多いよね、と。「好き勝手したい」だとか「旅行に行きたいけど行けない」だとか。

 

だけど

「自」「由」って

「みずからを」「みちびく」と書く。

 

「自由になりたい」とボヤくのは

「自らを導くようになりたい」と言う様なもの。…ん?オカシクネ?

 

「旅行に行けない」「旦那さんがうるさいから外に行けない」「子どもがいるから遊べない」「親が言う通りにしないといけない」

…そこにあるのは事実だけで、決して「不自由」なわけではないですよね??

 

〜〜出来ないと嘆いて諦める事もできるけど

〜〜したい!を諦めない為に

「与えられた役割を果たし」「交渉し」「制約の中でこそ」出来る、最大限の好きな事をやる事だって出来ますよね?

てか、「制約」があるからこその「自由」もあるし。あれ?そうすると「自由」と「不自由」って、どっちが先…?みたいな。

 

そんな、哲学の様な禅問答の様なお話し会でした。

 

 

悦子さんはご実家が葬儀屋さんなので、いつも「死」をどこか片隅に置いてお話しをされる。

わたしはお寺で育ち、お墓や死が側にある環境だったから、悦子さんのお話しはいつも共感できる。そんな悦子さんのお話しの中で今日1番響いたのは「ジグソーパズル」の話し。

 

人生とはジグソーパズルを埋める旅。

「親から言われたからこうした」ばかりの子どもは毎日黒やグレーのピースを埋めている。

無意識に右に倣えで、ウキウキワクワクが1つもない、ときめかない色のピースを惰性ではめ続けていく事も出来るし、それを止める事もできる。この先の残りの人生のパズルを、虹色や金色にする事も茶色や紺にする事も、自分で選べる。

 

人生を終える時、ジグソーパズルの最後のピースを埋める時、満足の行く人生になるか、物足りない人生だったと思うのか。

 

それを選ぶのは自分で

自分なりの満足を追求するのが自由なのかもしれません。何を望み、何を良しとするのかは、その人次第ですから。

「自分が望んだ通りに、その時に自分が正しいと思う事を、平気で淡々とやっていくのが自由ってことよ」と悦子さんは言いました。

 

 

ウチの父も、ウチの先祖も、自由の存在を知らず、諦めの中でグレーや黒のジグソーパズルを埋め続けてきた。

先祖はみんな、死ぬ時に「ようやく地獄から抜けられる」と思いながら旅立っていった。

 

でもわたしはこの先の人生をゴールドやイエローやピンクのピースで埋めて行きたいし

 

出来る事なら、この先の親のジグソーパズルに色をつける手伝いも出来たなら、それを親孝行と言えるかもしれない。そう思ったのでした。

 

あとね、

「文句ばかり言う、不自由で平和ボケな大人」を増やす活動には、1ミリも加担しないw

自由について語り合った以上は、自由に向けて、自由でありたい。

 

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