毒親育ち35年、その後の人生。

親から過剰に束縛される事により歪んでいった、過去の己の闇を見つめ直すべく綴っています。

ピアノを少しだけ習わせてもらった事が財産

子どもの頃、ピアノをやっていて良かった。

 

こんばんは。社会学者で発達障害の父親に最近まで振り回されていた、アラフォー主婦のユイカです。

 

小学生の頃少しだけ、ピアノを習っていました。しかし学校の音楽の授業や学芸会でピアノを失敗して、

「ちょっと習っただけで得意げにしゃしゃり出て、目立ちたがって前に出て弾こうとして失敗して、俺に恥をかかせやがった」と父に言われ、

同級生にピアノの先生の娘さんがいたものですから「あの家から笑い者にされている」とも言われ

そのうち中学受験の為にピアノをやめさせられました。バイエルが1冊終わった程度しか習っていなかっけど、でも、おかげで楽譜は読めます。

 

その後、学生の間にピアノを人前で弾く事はなかったけど、社会人になってから、バンドを始めました。

中学や高校の頃、バンドをやってた子たちが羨ましかったから。学生時代、ウチは部活やバンドはさせてもらえなかったし、家でピアノを弾くと怒られたけど、結婚して家を出たら自由になれた。

 

腕前としては趣味程度なので、ライブハウスのオープンマイクなどに出ています。

ほんの少し、昔ピアノをかじらせてもらっていたおかげで、今、音楽がやれている。

 

趣味だからこそ、楽しめている。

音楽を少しでもやれたら、ライブハウスのオープンマイクに行くと、友達が出来る。

 

学生時代に友達はいなかったけど

今、少しだけ、音楽を通じて友達がいる。

 

学生時代は親に殴られて怒鳴られて閉じ込められて、暗黒で、友達がいなかったから。とにかく孤独だったから。

今、音楽を通じて仲良くなれたら人々の存在が、とてもありがたいのです。

 

 

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